世の中から「関係ない」をなくす架け橋となる【カリジャパ!インタビューVol.3 :近藤 祐希】

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カリフォルニアで頑張る日本人や、アメリカと日本を繋ぐ仕事をしている日本人を紹介し、海外で新しいチャレンジをしたい日本人の後押しをするためのインタビュー企画「カリジャパ!」

今回は、世の中から”関係ない”をなくすをミッションに世界を舞台に活躍をしているWORLD FESTIVAL Inc. 代表取締役の【近藤 祐希(Yuki Kondo)】さんにインタビューを受けて頂きました。

※この記事は3ページに渡り取材させて頂いております

この記事はこんな人に読まれています

  • アメリカや海外で働いてみたい人
  • 将来会社をつくってみたいと考えている人
  • 貧困や教育格差などの社会問題を解決したいと考えている人
  • 旅好きな人 / 世界を旅してみたい人 / 国際交流好きな人

人生を大きく変える音楽との出会いやアメリカでの幼少期

Q1.カリフォルニアにくる前は何をやっていましたか?

まず少し僕について話すと、僕は現在「WORLD FESTIVAL Inc.」という会社をしていまして、世の中から”関係ない”をなくす」というミッションのもと映像・音楽・イベントなどエンターテイメントの”楽しい”をアプローチに世界の様々な問題・魅力・可能性を、子供や若者を中心にポップに伝え、繋げるコンテンツやプロジェクトの企画・制作・運営を、アフリカ、中東、東南アジア、中央アジアなど様々な国で行ってきました。

僕は幼少期はアメリカのオレゴン州で育って、大学は日本に帰ってきて環境問題について研究をしました。

そういった個々人の違いを強く意識する環境にいたからか「なんで世の中の人は自分から遠く感じる問題を『関係ない』って言うんだろう?関係はしてるじゃん、、」ってモヤモヤしてる気持ちが昔からあったんです。

例えばですよ。

ある人が海外に行って、現地の人と友達になって、自分の国に帰ってから政治家、はたまた国のトップになったとして、じゃあ揉め事があったとしても友達がいる国に爆弾落として戦争するかって言うと、どうにかそうしない方向で進めていくと思うんですよね。

でも「そういう意識を持っていよう!」って頭ごなしに言っても、「なんだこいつ真面目なこと言いやがって」ってなっちゃうからどうしたらいいんだろうなあって大学の時にずっと考えていたんです。

そう考えていたときに、実は僕は昔からドラム、ピアノ、サックスなどの楽器をずっとやってきていて、高校・大学とバンドを組んで、よくライヴをしていたりと、音楽が人生の軸にありました。

それで、音楽のようなエンターテイメントなら言語や国の背景など、色々複雑なものを越えて、”気持いい”や”楽しい”っていう心の部分で繋がることができるとずっと感じてました。

そういう僕自身の経緯もあって、大学生の時には言葉よりもそういったエンタメで繋いでいくような架け橋的存在になりたい、そういう仕事をしたいと思ってました。

でも具体的には何すればいいのかというのはまだ漠然としていました。

Q2:音楽との出会いはどのようなものだったのでしょう?

始めは小学校2年の時のピアノでした。

それも、クラスの友達が得意気にベートーベンの『エリーゼのために』を弾き始めて、それがイラっとしたのがきっかけです(笑)

よく分からないんですが、俺もあれ弾けるって思ったんですよね。

それで近所の先生の所にいって、クラシックピアノを始めたのが音楽との出会いでした。

その後、親の仕事の都合で小学校3年生の時にアメリカのオレゴン州に引っ越すことになるんですけど、今はどうか分からないですが少なくとも20年以上前のオレゴンって結構田舎ということもあって、日本人もそんなに多くなくて、割と白人が多く、白人が偉いという雰囲気がどこかしらにありました。

自分はその中で人種が違うので、いわゆる「マイノリティグループ」に属しているなという自覚があり、それはそれでよかったんですが、どこかで「なんなんだろう」というモヤモヤしたものが胸にありました

アメリカでは中学からジャズができるようになるんですが、その際にビッグバンドジャズに興味を持ち、サックスを始めたんです。

ちょうど僕はその時クラシック音楽がすこし嫌いになり始めていて、、

クラシックってやっぱり譜面通りに弾かないといけないんですよ。

作曲家の気持ちを汲み取って、それを表現しないといけない。ルールもたくさんある。でも、どうして自分的には「こう弾きたい」という気持ちやアイディアも芽生えてくるときもあって、自分でアレンジしたら先生に怒られました。それが本当に嫌でした(笑)

ちょうどそのタイミングでジャズに出会って、あんな自由な音楽あるんだ!かっこいいな!と思ってジャズを始めてみたんです。

それで一生懸命練習して、中学校のジャズバンドが出る大会などでも徐々に演奏する機会が増え、バンドの前に立ってフルでソロを吹く大役もよく任されるようになりました。そうすると、ある時オレゴン州の大きめな大会でサックスソロ部門で優勝3位になったりと、表彰されることが増えたんです。

そこから大きく周囲の反応が変化しました。

それまで特に僕に対して興味を持っていなかった学校の人たちが「ゆうきはサックスができる男だ!」と覚えてくれるようになったんです。

その時にアメリカって国は、その人がどんな人種であれ、一生懸命頑張ってる人を受け入れて、応援する国なんだなって理解をしました。

結果を出せばよりわかりやすく喜んでくれる面白い国だなって思えるようになったんです。

この経験は間違いなく音楽がもたらしてくれたことなので、その時自分にとっての「音楽」に対する大切さがさらに上がったと思います。

中学卒業後、僕はオレゴン州を離れ、また親元からも離れ、ニューヨークにある寮付きの日本が運営する高校に入学します。

高校でもサックスを続けるつもりでしたが、なんとその高校にジャズバンドや吹奏楽などの正式な大会に出るようなチームがなく、活躍できる場がありませんでした。

ただそこにはロックバンド部というクラブ活動がありました。

ジャズバンド時代よりドラムセットに出会い、憧れ、また西海岸で当時流行っていたパンクロックが大好きだったこともあり、ドラムを始めました。

どんなジャンルも同じですが、バンドで音を重ねて共に奏でる行為はなんとも言えない気持ち良さと心地よさ、高揚感があります。

一つ一つの存在がそこにいないと成立しない、全てが大切な存在である、という自然発生的な繋がりが生まれる感じがとても好きでした

これはビッグバンドジャズや吹奏楽の時も同じでした。

パンクやロックは特に、難しいことを演奏でそこまでしないですし、とにかくテンション高く、有り余るエネルギーを全部吐き出すって感じで、思春期はそれぞれ色々抱えたりイライラしたりしている時期なので、バンドやってるときは練習だろうとステージだろうと、自分は自由で生きていることを楽しめたり実感できてる気がしたし、メンバー間の雰囲気もとてもいい感じなんですよね。

想定してなかった即興的なものや偶発的に出現した良いハーモニーやパフォーマンス、演奏などもあって、奇跡的な瞬間が訪れるとさらにテンションが上がって、なんだか幸せで好奇心やイマジネーションがどんどん湧いてきて、俺たちはなんだってできる、みたいな気にさせてもらってました(笑)

僕は高校で、寮生活ということもあり、人間関係でうまくいかないことも多かったし、フラストレーションはよく溜まっていたし、そこまで周りから好かれる人間ではなかったと思うけど、音楽はそんなことを忘れさせてくれて、音楽という共通言語でいろんな人と仲良くなることができました。本当に学生時代はずっと音楽に助けられたなと感じています。

その後も相変わらずドラムを上達することとバンドをすることにだけ情熱を捧げ、ハードロック、ロックンロール、メタル、プログレロック、ファンクロックなどなど、様々な音楽にチャレンジしました。現地でドラムレッスンをお願いしていた先生が、ドリカムの米ツアーのドラムを担当したりした凄腕の方だったんですが、たまたまプロのジャズドラマーだったため、スイングジャズやボサノヴァ、ラテン、サンバ系のリズムもよく練習していました。

その影響もあって、その後日本に帰国し入学後、もう一度ジャズやりたいなと思い、ジャズ研に入り、スイングジャズやラテン、ゴスペル、ジャズファンク系の音楽にどっぷり浸かり、また大学の授業をきっかけにコンピューターミュージックにも興味を持ち、PCでの作曲も少し始めました。音楽にはずっと触れていましたね。